December 10, 2018

零番

“0番”とは、舞台における所謂“センター”のことです。
主演の立ち位置、そこに立ち続けていると、それ以外の位置について、つい忘れがちになってしまいます…

わたしは、自分の劇団の“顔”として主演を務めることが多い。
外部、若しくは時折“0番”以外に立つときに常に思うこと…役者は100%で生きて死ぬ、それ以上でも以下でもない。
わたしは常々、芝居の現場における“和”の在り方を説いているのだが、役者とは与えられた役の、求められた役割の100%ぴったりを目指す者と思っている。
役者に必要なものはなんだと思うか、その問いに対して“個性”と答える者は、今一度鑑みるべきかと思う。それはふいに突出するもので、狙って演出するものではない。
自分のことばかり考えている演者は、余程の才能でもない限り毒でしかない。脚本を読み込み、作品を知る、そうして“役”を信じた先に自分の居場所が在る。
1番・2番…そんな立ち位置のときにこそ、それを強く感じる。助演と呼ばれる人に実力派が多いのもそれ故、主演よりも遥かに難しい匙加減で作品に生きている。

長年主演を張っていて想う。
わたしのモチベーションが顕著に作品全体へ影響する。けれどそれは“follow me”の勢いだけでも実は務まる。根本的には誰に合わせる訳でもない。
“100%”を決める立場の責任や存在感を求められるプレッシャーはあれど、一生懸命突っ走れば良い。
他のキャストはそうはいかない。あくまでも“100%”であることが大切なのだ。
観客の視点を演出する為に、帳尻を合わせて多少歪めることも求められる。その辺りを巧くこなす役者が助演として光るのだ。
わたしは基本的に歪みが生じないよう全ての役の立場や思考を踏まえて本を書いてはいるが、それでも細かい調整は必要になることがある。
ただ、その空白は同時に可能性でもある。そしてその可能性にこそ、演出家を感動させる素質が隠れていること、稽古の度にいま教えて貰っている気がする。

「夜を喰むスマラ」王道なまでの0番を死に物狂いで突っ走る朝霞ルイと、それを支えてくれる脇役達の攻防戦が見れる、張り詰めた稽古です。
あぁ、生きている。脈動を感じる芝居は今回の演出課題でもある。
お客様の観る舞台の上で、もっともっと、生きて死んで、そんな蠢きを肌で感じて頂ける公演になればと思います。



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Les Miroirs 耽美童話の会・第五章
「夜を喰むスマラ」
2019/01/18-20  Theater SHINE


◇所属劇団◇
幻想芸術集団 Les Miroirs

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alf_maria_lully at 02:53│Comments(0)

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朝霞ルイ

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